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飲めない人
09飲めない人 飲める人
飲めない人
自覚なきアルコール依存症
平成三年五月、週刊新潮の『墓碑銘』欄に、かつて「カミソリパンチ」の異名をとったボクシングのフライ級元チャンピオン海老原博幸さんの、肝硬変による死去の記事が載った。ボクシング引退後の海老原さんは事業が順風満帆とは行かず、一時期酒に溺れたらしい。結局酒はその生涯をついて回り、一晩にウィスキーのボトルを二、三本空けるときもあったとのことである。夫人は語る。「いくら飲んでも気分悪くならない。吐かないし、二日酔いもない。自覚がないから飲み続ける。本当に好きだったんです。」これは典型的なアルコール依存症である。いつのまにか肝臓が侵され、食道静脈瘤を起こし、最後は肝性昏睡となり、この年四月、約十五時間苦しんで息を引きとった。この記事をそのまま借用するならば、残念ながら夫人を含めて周囲の人は、アルコール依存症の本質とその恐ろしさを、よく理解していなかったのではなかろうか。一世を風靡した名選手だけにその死が惜しまれる。「本当に好きだったんです。」この言葉のもつ意味は重い。
アルコール依存症に基因する有名人の死は多い。国民のアイドルであった石原裕次郎、美空ひばりを初め枚挙に暇がない。私は職業柄毎朝まず新聞の社会面の下欄にある、著名人の死亡記事を読みその死因に眼を通す。「肝不全」とあるのは、ほぼアルコール依存症が背景にあったと考えて差支えない。職業はその類推の予がかりとなる。「ブルータスよ、汝もか」と私の心は呟くのである。
わが国の純アルコール消費量は、一九六〇年に国民一入当たり三リットルを越えたが、一九八八年には八・八リットルと大幅に上昇し、米国やフランス、イタリア等がかえってしだいに減少しているのとは対蹠的である。しかも飲酒習慣が急激に女性や若年層に広まっていることが統計上指摘されている。男性で九割、三十代の女性で六割、高校生の四分の一が飲酒人口に入るという。必然、比例してアルコール依存症も増加の一途をたどり、最近では、その数二二〇万人と推定されている。まして、アルコール依存症に限りなく近づきつつある予備群の数は、その数倍に達するであろう。まさに驚くべき現象であり、決して楽観は許されない。一方、アルコール依存症であることを自覚し、断酒会やAAのなかで断酒に励んでいる人々は全国で僅か十数万人に過ぎないのだ。換言すれば、二〇〇万人以上のアルコール依存症の患者が放置されていることになる。この冷厳な事実を我々は直視しなければならない。
アルコール依存症は、本人だけではなく、家族全体の病気であると言われている。私の妻も、
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