02「アル昏」潜伏期

学校保健は酒とともに

叔父推賞の店 むさしや
 「あんた、四郎さんの甥っ子だろう。」酒屋の印の入った小意気な半天を羽織って、白前掛けの紐を前でキリッと結んだ老爺が、飯台の前に腰を下ろした私をジッと見据えて話しかけてきた。よく光る瞳である。浅黒く彫りの深い顔に白く長い眉毛が品よく垂れている。総体に小柄で、七十は越えようとの齢に似ず締まった体つきで、動作もきびきびと見て気持ちがよい。この店むさしやの主である。一見の私をたちまち見破った眼力に、まず度胆を抜かれた。素直にしないとどやされるぞ。
 「はい、分かりますか。」老人はにっこりと笑った。
 「そっくりだ。よく似てるよ、入ってきた時からそう思っていた。」言いながら台の上にコップを置いて、程よく温めた土瓶の酒を大きく二度に注ぐ。中西さんがいたら、芸術だねぇと、感嘆するに違いない。いっぱい酒の入った土瓶が常に七輪に掛けられていて、主人はそれを絶えず両掌で包むように爛の具合を確かめている。ここの親父ならではの心配りである。実はこの店は、私の叔父西郊四郎がロを極めて推奨した酒場である。叔父は元海軍士官で、大の酒好きであり、かつての仲間とよく来たらしい。私が酒を飲む年齢に達したので早速教えてくれたのだ。あそこは酒の道場だ。酒の飲み方が自然に分かる。是非行きなさい。現役時代、酒で数々の失敗を重ねてきた叔父にしての言である。私はその叔父から、この店の仕来たりも教わってきた。
 まず、酔った客にはその程度によって余分の酒は出さない。素面でもコップ三杯止まりである。摘まみは最初に玉葱の酢とおから、次いで煮豆腐三分の一が二杯目のコップに付いてくる。季節によっては更に一品位増える。後は帰ってもらう。
 「四郎さん、この頃弱くなったねえ。いい按配だ。血圧が高いそうだが、あんた、お医者さんだってね。診てあげてるの。」冗談じゃない。叔父貴はこの俺を藪医者扱いしている。誰が診てなどやるもんか。
 酔っ払いが一人入ってきた。顔見知りの某大学の体育学教授だ。
 「おうい、親父、酔っちゃった。豆腐だけくれよ。おや、西郊君、来てたの。」
 「豆腐だけじゃ銭もらえないよ。水でも飲みな。」親父は素っ気ない。先生でも銀行の支店長でも、大工でも、彼にとっては同じ客だ。
 この店、一風どころか幾風も変わっている。野毛町の中ほど、西寄りに入った所にある仕舞屋で、看板も掲げてなければ暖簾も下がっていない。表からは酒場には到底見えない。従ってフリの客は絶対に入ってこない。聞き伝えで来た人ばかりで、ほとんどが常連となる。やや建付けの
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