大阪小品
7祭囃子・旅心
大阪小品
車の中の花束
雨の夜の自動車の中、暗い夜空に小さい月のような丸い平らな電燈が天井に一つ、びしよびしよにぬれた街を車は走つてゆく。列んで遠くしぼんで、だんだん小さくつづく街の灯が両側の窓ガラスに映つて走つて乱れてゆく。
運転手と助手の間に小さい黒いメーター器が気づかない間に時々動いて銀色の数字を増してゆく。
夜更の自動車の影の濃い明暗の中で窓ぎわの一輪差しのアネモネが血のように紅く匂つていた。
中之島遠望
梅田ちよいと出りや天満橋
二人そろうて中之島
仲のよいよい中之島
君と北浜堂島の
一手千両の市がたつ
一手千両の市がたつ
そじやないか、そうだつせ。
ほんにえらいこつちや、そじやないか。
去年の春大阪の土を先ず踏んだとき、頬にふれて来たものはあの大阪音頭の一ふしだつた。
どこを歩いても「仲のよいよい中之島」が花びらのように艶めいてただよつていた。
屋上へ来るとどこからも大阪城が霞んで見えて煙をたててゆく小蒸汽の白い波あととだぶたぶとしたま昼の暖かそうな水の面を見ていると一寸淋しくなつて来た。
夜の道頓堀
夕飯を食べて日本橋を渡ると雑沓の興行街の灯がいちめんに堀に倒影して、もう時季に遅れたかき料理の船が電気装飾の看板を着て静かに浮いている。
橋のたもとの交番の柳も緑の芽を吹いた。仁丹の色電気の広告文字の次々に変つているのを見ていると、暗い水の中の貸船の中に人声がしてポッツリ提灯をつけた小舟が三そう五そう木の葉のように軽くゆききしていた。
橋には花かんざしを頭にしたどこかの老婆の見物団の一組が立どまつたまま藍色の夜空へ煙大のようにきらめく色電燈を見上げてうつとりとしていた。