夏の船旅
3海景
夏の船旅
海上のカメラ
海は晴れて白い甲板に朝の光りが射してまばゆかつた、和歌山と四国の山々が右と左の両がわに遠くかすんで船はいよいよ大阪湾に近づいて走つて来た。潮岬の白い燈台も輝いてだんだん後ろになつて、海の色は一層濃く紺青に輝いていた。帆柱の影で晴れ晴れと朝景色を眺めていると、すぐわきの青年の手にしたカメラがカチンと音がしたので私は一寸気になつてふり返つた。見るとすぐ目の前におしやれの夏姿が明るい日かけをつけて立つていた。新婚らしい派手な娘さんで、氷川丸とかいた丸型の太い浮き袋のわきで映画式の気取つたポーズを作りながら、相手の写真機にほお笑みかけているのであつた。よく見るとそこにもここにも似たような一対の明るい風景が展開されていて、この数早来私共の生活の中からは全く忘れ果てていた新しい時代の様相が、舞台の脚光を浴びて輝き出したとでも言い気もちのものであつた。
私どもは以前奈良公園の森の蔭などで、こんな構図を度々眺めたのであるが、戦時中の激しいいろどりの中についかき消されて見失つたものを、再び掘りあてたような気かして私もなんだか愉快なのびのびした気持になつて来た。
どこか飛び出して来たのか、小さい学生服の子供たち五、六人靴音をカツカツ甲板に音をたてて走り回り鬼ごつこをやり始めた。どれも濃い日影が入りまじつて、青空はいよいよ晴れて夏らしい生気が海の上にもはつらつとみなぎり渡つていた。