春の點景
3海景
春の點景
新宿
街にはチラチラと雪が降つていた。
室内ではストーブが撚えて私はいつか、うとうとねむくなつていた。
新宿のS製菓会社の販売店の一室で、私はホンの手がるな個展をやつていた。そこは外の人通りと陳列画とがガラス戸一重で、まるで露店にいる様な安息な気持で、その部屋の隅に腰かけていた。
陳列室は、喫茶店のままの凸凹の抑揚の多い気取つたクリーム色の壁で、その中段に装飾的なスペイン風な瓦屋根の庇があつた。その下に丸形の壁の破風があり、四角な瓦斯燈が即興的レビューの舞台のように灯つて、額縁の両わきばかりがいやに明るい照明になつたり、赤いランプの灯影の下で、絵を見るようなことになつたりする一種変てこな会場だつた。
そこの壁のうしろは洋菓子の製造場になつていて、天井裏の穴から時々小さい鼠の首がのぞいて見えていたことがあつた。その内その中段にある装飾の幅一尺位の赤い瓦屋根(つまり陳列画のすぐ上にあるもの)の丸い凸凹をその鼠が急いで一枚一枚上つたり下りたり、上つたり下りたりしながら屋根を渡りきると、向うの壁の中の天井裏へ入つてしまうのだつた。誰れも絵の見物人のこない、しんとした部屋で、それがその狭い会場の空気と不思議によく調和していた。昔浅草にあつた山雀の奇芸のように、ヘンにユーモアて、愛嬌のある仕草が、退屈な画面にいつかうるおいを与えるような効果を生むことになつたのであつた。どんよりした喫茶店式の照明の中であの鼠は度々チョコチョコ出て来てはあたりを見廻して、見ているのは私一人なことを見定めると、例のいつもの屋根の綱渡りを、くり返しくり返しやりながら、人を小馬鹿にした滑稽な雰囲気を作つているのであつた。クリスマスに近い頃の、新宿のある店での一隅であつた。