新東京風景

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6東京

新東京風景

 春の”のど自慢”
 このごろラジオの「のど自慢」の放送もなかなか盛んになつて来た。あのカンカンカンと鳴る当選の鐘の音に、胸をわくわくさせる「のど自慢」の志願者は、相当な鼻息で方々から集つてくるものだろうと思う。
 その「のど自慢」も「三つの鐘」などと特別番組となつて、声の素人スターも華々しく登場することとなると、その人気を背負う当人はもちろんのこと、周囲のだれかれまで、大へんなことになつてくるらしい。
 どれもだれかのお手本があつてレコードなどによつて覚えたのを真似て歌うというのではあまり面白くなかつたが、いつかあの「異国の丘」が当選した時は、聞いている方も感激した。歌の内容や調子が、歌つた人の環境とあの「のど自慢」のラジオの企画とがよく合つて多くの人の心を打つたらしい。
 その後「のど自慢」で時々この歌が出たり、本職の玄人が巧みに伴奏を入れて幾度か放送されたがそれはまるでちがつた感激になつてしまい、初めの時のような生な刺激とは大分遠ざかつてしまつた様であつた。
 しかしあの歌をきくといつも異国にある同胞の事を憶い、街の人の耳なれた歌になるまで行つたのは、「のど自慢」の大きい収獲だつたと思う。

 「のど自慢」の我武者羅の勢力というのを私は子供時代に見たことがあつた。
 それは幾昔か前のことで、またラジオもレコードも知らない浪花節全盛時代であつた。
 時々来る田舎まわりの桃中軒何右衝門かの末流が次々に町の寄席に開演され、当時の青年の浪曲熱をあおる時代であつた。
 その浪曲熱は次第に白熱して、とうとう町で出す小新聞社主催の「のど自慢」浪曲大会が開催されることになつた。
 それは一二ヶ月前から企画の、素人浪曲家投票であつた。まるで今日の選挙の街頭演説のように、あちらこちらの街角で「森の石松」や「義士銘々伝」を親不孝声をしぼつて語り出すのであつた。丁度選挙の候補者のように白布に何々亭何方とか自称浪曲家が、筆太に書いたのを胸元に斜めにかけて、テーブルを張り扇でたたいていた。
 又は二三人競演で各自得意な芸名をつけ合つて堂々とした立看板に往き来の人を集めていた。その外に素人家の二階の二間をふすまを開けて、適当な高座をつくつて近所の人々をかりたてて盛んな熱演をつづけていた人もあつた。

 私の家でも通りに向つた座敷があつたので、そこへ急ごしらえの赤い毛せんの高座が出来て、長講一席やつた素人「のど自慢」の町内の青年があつたが、無料の聴き手が押すな押すなと通りまであふれて大にぎわいのことがあつた。
 田舎の小新聞の紙面のいち隅は、切ればそのまま、素人浪曲人気投票用紙となつたので、候補者はお互に、しのぎをけずつて競演に熱をあげ、それぞれわが地盤をかけめぐつて得票に死力をつくした。
 「のど自慢」人気投票は日がたつにつれ、そこここの話題の中心になり、春の宵の街の辻から辻へ朗々となり渡るのであつた。

 その中、ある席亭で一週間も貸切りの、その素人浪曲大会か開催された。
 表面入ロには赤白のまん幕が張られ、はり出しの大きい立看板には各出演者の芸名と、その日その日の得票点数がはり出されて、見物がそれに見とれて各々、ひいきひいきで血まなこになつた喚声が揚つて黒山のような人だかりだつた。花輪にかこまれた賞品の山が積まれ、引幕、黒紋附はかまなど一揃いの晴れの衣裳が飾られてあつた。入口受附には投票箱があつて入場の人々が各自投げこんでいた。開票の発表は毎日その日の夕刻で、わいわい揺らぐ人波の中で得点数がはり出されて、夜はその日の得点の席順できまり、それぞれ得意の一曲に聴衆を熱狂させた。
 会場はその日の最高点の出演者が、いつも最後の真打をつとめる語り手となつて、割れるような拍手を浴びて登場するのである。皆顔見知りの町内のだれだれさんであるが、それぞれお手製のあこがれの浪曲風俗が、金屏風を前にして高座へ上るとまるで野球か相撲の競技でも見る様な、声援に野次の応酬で場内がわきかえり、本尊の語り物か一向聞えないのであつた。
 一日一日得票の点数が高潮して小新聞の切れはしを買い集めたりして、最終日は物すごい沸騰した人気で千秋楽の幕となつた。

 やがて当選発表となつたが、由来この地は代々選挙では血の雨を降らせる程の激戦地として名があつた所だけに、風変りなこの投票発表も大騒ぎなものであつた。
 街では桜の花が咲き出したころであつた。
 ピカピカ光る数台の人力車に乗つた当選御礼のビラを背にした町々の人気スターは、賞品の黒羽二重の紋附のおそろいで、芸名を書きつらねた細長い小旗を人力車のわきへ差しこんで、ドドン、ドンドン俥に乗つた太鼓を先頭に、春風に頬をなでられながら街を練りまわった、あとから娘子供たちがぞろぞろと追いかけてついて行つた。
 それぞれ当選の花形も我家の近くへくると、車上にそりかえつて、あちこちから起る万歳万歳のトキの声を、まるでガイセン将軍のように、えしやくして聞き流しながら通り過ぎて行つた……。
 いよいよ最後の夜はこの一行の当選発表の会があった。
 飾りたてた晴れの高座は、登場する出演者ごとに名前入りの賞品の卓掛けがかわり、後ろの引幕も「のど自慢」寄贈の、自分の芸名の入つた雲と竜の素晴らしい絵のものや、富士山に日の出のものなとがかわるがわるつりさげられて、その度毎にそれぞれわが党の花形に、ここでも万歳のかつさいをつづけるのであつた。

 ずつと子供の時代のことであるが、まだ万歳、万々歳の大安売りの時代のことであつた。


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