贈与税を支払わず、円滑に事業承継を行うことはできないのでしょうか?

Q.
 私は建設業を営んでいますが、妻と2人の子供がおり、長男と次男は会社の仕事をしてくれています。近年は息子たちが第一線で活躍してくれていることから、会社の業績が著しく上がっています。
 最近、私が70歳になりましたので、家族会議を開き、長男に事業を引き続くことにしました。社長の私が自社株式を100%持っていますが、それらを段階的に贈与税の非課税枠(110万円)を利用して贈与していきたいと思っています。しかし、顧問税理士に相談した際に、業績の著しい伸びにより、当社の株価が大幅に高騰しており、これから非課税枠内で贈与すると100年はかかるとの指摘を受けてしまいました。贈与税を支払わず、円滑に事業承継を行うことはできないのでしょうか?

A.
 業績が著しく伸びている状況で贈与を行う場合には、贈与税の基礎とされる株価が高くなる傾向にあります。さらに、親子の間で高額な贈与を行えば、(後に相続人となる)他の家族の遺留分を侵害する可能性といった問題が生じます。後継者に対する株式移転を行うに当たっては、タイミングや金額を考慮し、「気付いた時点で始める」ことが重要です。

 ご質問のケースにおいて、有効な方法は次のとおりです。
 一つ目は、自らは役員退職金を受領して退任し、新しく長男を社長とする方法です。そうすれば、会社の利益が減少し、株価が一時的に下がります。株価が下がった際、自社株式を長男に贈与します。二つ目は、贈与金額が高額になる場合についてですが、贈与に代えて売買によって自社株式を取得させる方法です。また、「遺留分に関する民法の特例制度」を活用できるようであれば、検討するといいでしょう。各々の方法について、以下に述べます。

1.役員退職金の支払いと株価の関係
 役員退職金を支払うことで、株価にいかなる影響が及ぶのかについて、数値を用いて考えてみます。なお、相続税法上の評価は大会社を前提とします。
 業種:建設業
 売り上げ:100億円
 申告所得:7億円
 自己資本:40億円
 発行済株式数:16,000株
 資本金:8,000万円
 配当:10%
 社長の在籍年数:36年
 社長の月額報酬:300万円
 社長に払うことのできる役員退職金は、次のとおり算出します。
 役員退職金=最終報酬月額×役員在籍年数×功績倍率=300万円×36年×3=約3億2,000万円
 なお、功績倍率については、退職した役員が会社でいかなる地位にあったのかに応じて大きく異なります。創業オーナーであれば、おおよそ3倍までは税務署で認められると思われます。
 このように3億2,000万円の退職金を払った場合、会社の決算は次のとおりに変わります。
 申告所得:7億円→3.8億円
 自己資本:40億円→41億9,000万円
 配当:10%→0%
 所得金額については、単に役員退職金額分が減少します。自己資本額については、申告所得より税金を差し引いた当期純利益が自己資本にプラスされます。申告所得が約3億8,000万円、約半分が税金であると考えた場合、退職所得を支払った後の自己資本は約1億9000万円のみ増加します。配当についても、株価対策を意識して0%とします。
 株価計算式は省きますが、退職金を払わなければ株価は1株当たり約20万円、退職金を払えば株価は1株当たり約12万円となりました。4割も株価が下がったということです。ただし、株価下落は役員退職金の支払いによる一時的なもので、次の期には株価が元どおりとなる場合が多いことから、株式の移動は株価引き下げの事業年度の翌期に行う必要があります。

2.遺留分についての民法の特例制度等
 上記1のシミュレーションにおいて、全株を長男に贈与すれば、約12万円×16,000株=約19億2,000万円ということになります。高額に上ることから、贈与より売買を選択するのも一つの選択肢であるといえます。約19億2,000万円の約半分に贈与税がかかるという税金面の問題以外にも、高額の贈与によって他の相続人の遺留分を侵害する恐れがあるという問題が存在するのです。
 遺言が存在せず、相続財産を相続人間で分けるなら、生前に贈与された財産を相続財産に合算してから、法定相続割合を基に相続分の計算を行うことになります。したがって、長男に自社株式を相続させたい場合には、遺言を残すことが重要です。
 また、遺留分に関しての留意も必要です。妻と2人の子供がいるということですので、法定相続分は、妻が2分の1、2人の子供が各々4分の1です。遺留分は法定相続分の半分であることから、妻が4分の1、子供が各々8分の1となります。長男以外の法定相続人の遺留分を合計すると8分の3、すなわち半分近くとなります。自社株式以外の資産を有しているのであれば、それらの資産を長男以外の法定相続人に相続してもらうことができますが、そのような資産が特にないのであれば、長男に全株式を贈与した場合、他の相続人が遺留分を求めてトラブルになってしまう可能性もあります。
 このような問題が生じないよう、長男に対しては贈与ではなく売買取引を選択するという考え方も存在するのです。売買であれば、対価を支払って取得することになり、このような相続の問題が生じることはありません。
 さらに、中小企業の事業承継がスムーズに行われるよう、遺留分についての民法特例制度が設けられ、平成21年3月より施行されています。この制度については、一定の条件を満たす中小企業の後継者が全ての遺留分権利者の合意を得て一定の手続を行えば、後継者が先代の経営者より贈与された株式を遺留分の算定の基礎となる財産に合算しないことができ、後継者が先代の経営者より贈与された株式につき遺留分の算定の基礎となる財産に持ち戻すことができるというものです。なお、オプションによりプラスアルファの取り決めを行うことも可能です。
 この特例の適用を受けるための条件は、次のように定められています。
 (1)対象法人
  3年以上継続して事業を行っている中小企業者(建設業については、資本金3億円以下又は従業員300人以下で、従業員数か資本金のどちらかの基準に該当する法人)。
 (2)対象となる後継者
 ○その会社の代表者であること
 ○先代の経営者の推定相続人(先代の経営者の兄弟姉妹及びその子を除く)であること
 ○議決権の過半数を持ち、かつ、合意の対象とする株式を加えない場合に議決権の過半数を確保できないこと
 (3)手続方法
  全ての遺留分権利者の合意を得ると同時に、合意書を作成する。(合意書には、後継者が合意の対象とした株式の処分を行った場合、先代の経営者が生きている間に後継者が代表者を辞任した場合に、非後継者が講じることのできる措置を決めておく必要があります。)
    ↓
  上記の合意日より1カ月以内に経済産業大臣への申請を行い、確認を受ける。
    ↓
  上記の確認日より1カ月以内に家庭裁判所に申し立てを行い、許可を受ける。
 (4)合意の効力の消滅
  次の場合には、合意の効力が消滅します。
 ○出産、再婚、養子縁組等によって新しい遺留分権利者が加わった場合
 ○経済産業大臣の確認が取り消された場合
 ○先代の経営者より先に、後継者が死去した場合
 上記1のとおり資本金が8,000万円であれば、事業承継を円滑に行うため、この特例の適用を検討するといいでしょう。

 事業承継に関する悩みを抱える経営者は少なくないと思われます。ご質問のケースについては一度赤字とすることにより自己株式の評価額を下げることを前提にしています。しかし、建設業者で公共工事をメインに行っている会社は特に、経営事項審査も気にかかりますので、株価対策を実施するのが困難である場合もあると思われます。株価対策は経営事項審査と対極にあることから、顧問の税理士と入念に打ち合わせ、同地域の同業種の総合評定値(P点)を確認しつつ、事業継続に支障のない程度に純資産価格を低くする必要があります。

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